◆Date 「2008年11月」 の記事一覧 

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リフレッシュ

先週末、息子を夫に預けて、友人と蚤の市に出掛けた。
ベビーカーを押さずに街を歩くなんて、一体いつ以来のことだっただろう。
周りを気にせず、自分のペースでいられることが、こんなに楽なことだったとは。
今までずっと、忘れていた感覚。

普段どれだけ愛情を持って接し、どんなにかわいく思っていたとしても、「イヤイヤ期」に突入して、
家でも外でも扱いが難しくなってきた息子と離れるのは、悪いと思いつつも、実は正直、とても嬉しかった。
開放感で、なんだか街全体がきらきらして見える。今まではあんなにくすんで見えていたのに。
というより、単に周りの風景を見る余裕などなかっただけか。わたしも少し、疲れていたのかもしれない。

今回の蚤の市は、残念ながらたいした収穫はなかったけれど、
友人とお茶をしたり、普段は息子に邪魔されてゆっくり見れないお店などを廻って、
かなりの気分転換をさせてもらった。

家に帰ると夫にたっぷり遊んでもらった息子が、ご機嫌で出迎えてくれた。
いつもより愛おしく思えるのは、果たして気のせいだっただろうか。
たまに母子が離れてみるのも、家族三人それぞれにとって、いいことなのかもしれない。 

小さな恋人

親馬鹿話で恐縮だが、息子は二歳二ヶ月にして、なかなかのジェントルマンだ。
一緒に眠るときは「ママ寒い?」と言って毛布をかけてくれ、わたしが頭が痛いと言えば「よしよし」と頭を撫で、
出掛けるときは「どーぞ」と言って靴を持ってきてくれる。
ありがとうとお礼を言うと、本当に嬉しそうな顔をする彼を見て、ああ、これが人の本来の姿だよなと思う。
人の役に立ちたい、役に立てたら嬉しい、と思う気持ち。
本当は、誰もが持っていたはずの、人を思いやる優しい心。
大人はいつの間に忘れてしまったのだろうか。

教えたわけでもないのに、音楽が流れると踊り出すのは、一体どういうわけなのか。
好きな曲が流れると、歌うわ踊るわでもう大騒ぎ。
挙句の果てにはでんぐり返し(これだって教えたわけではない)までする始末。
彼があまりに楽しそうにしていると、歌ったり体を動かしたりするのは、
人の至極自然な欲求なのだなと思わずにはいられなくなる。

公園に行くといろんな子供に出会う。
目が合うとにこりと微笑んでくれる子もいれば、憮然とした表情で目を逸らす子もいる。
面白いのは、まず例外なく、前者の親は気さくでとても感じが良く、
後者の親は全身に「話しかけるなオーラ」が漂っていることだ。子は親を映す鏡、とはよく言ったものだ。
子供が産まれてからというもの、息子にどんな人間になって欲しいか、と会う人会う人に尋ねられる。
何でも出来れば出来たに越したことはないのだろうけれど、わたしはとにかく、
健康で、笑顔で挨拶できる子であれば、他には何も望まない。
そのためにはまず、親が見本を示さなければ、と思うのだが、果たして良い見本になれているか・・・
その自信はかなりない。

子供と生活を共にしていると、気づかされることがたくさんある。
毎日がその連続だ。忘れていた想い、無くしてしまったもの、人が人として在るための大切な本質、
そういったものを全部掘り起こしてくれる。まるで宝探しみたいに。
子育てしているはずなのに、むしろこちらが「親育て」されている気がしてくるのはそんなときだ。
彼が探し当ててわたしに差し出してくれるものは、いつも決まってきらきらしている。眩しいくらい。
彼が産まれる前は、女の子が欲しくてたまらなかったのが嘘みたいに、男の子が産まれてきてくれて、
いや、この子が産まれてきてくれて、本当に良かったと心から思う。

夫が海外出張に出掛けてしまったので、今宵もわたしの小さな恋人と二人、ひしと抱き合って眠った。
今頃ホテルの部屋で一人淋しい夜を過ごしている夫は、一体わたしたちのどちらにヤキモチを焼くだろうか。

秋の愉しみ

11月になった。毎年この時期になると、理由も無く気分が沈むのだけれど、
今年は幸か不幸か、考えなくてはならないことで常に頭がいっぱいで、落ち込む暇もない。

じっとしていても考えがまとまりそうにないので、家族と共に公園へ向かう。
考え事をするときは、歩くに限る。三輪車を押しながら、街路樹の黄葉にしばし心を奪われる。
わたしが好きなのは、ギムナジウムの校庭に植えられている木で、ここも我が家の散歩コースなのだが、
黄色い落葉樹が多い中で、透き通るような赤い色には、いつ通りかかってもハッとさせられる。
わたしがここに通う生徒であったなら、毎日授業中窓の外ばかり眺めて、
先生の声が耳に入ってこないかもしれない。

夏の間、我々の目を楽しませてくれた公園の花々はほぼ消え、
目に付くのは早咲きのパンジーと、色づいた木の葉ばかりだ。
足元はさながら黄色い絨毯、頭上は風に吹かれた木の葉で黄色い雪が舞っているよう。
秋の間、息子が集めに集めた栃の実も、今ではすっかり落ちきってしまったのだろう、
もうどこにも見当たらなかった。

栃の実といえば、いくら訂正しても息子はこれをずっと「栗」だと呼び続けた。
これは本物の栗を見せねばと、市場で買い求めて比べさせたのだけれど、やはり区別が付かなかったらしい。
確かによく似ているから、二歳児には少々難しかったかもしれない。
昨年はバタバタしていて気がついたら栗の季節を逃していたのだが、
今年は彼のおかげで栗三昧の秋であった。渋皮煮にいたっては珍しく三度も作った。
大量にできたと喜んでいたのも束の間、あっという間に息子に平らげられてしまったのだけれど。

苦手だった秋が、年々それほど嫌でなくなっている。
紅葉に栗に編み物に・・・と少しずつ愉しみが増えているからだろうか。
寒くなるのも悪くない、そう思える日も遠くなさそうだ。

マウルブロンの修道院

mb05

さて、前回の続き。
期待で胸をいっぱいにさせながら、入場料を払っていよいよ修道院の中へ。

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