◆Date 「2004年01月」 の記事一覧 

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人生のアルバムを覗く

辛いことばかりを集めたアルバムの中に生きてるみたい。
最近悲しい出来事ばかりが続いていた友人が、そう呟いた。
続けて、でもこんなことで悩んでいる自分が馬鹿らしく思えることがある、と
彼女はわたしに、ある夫婦の半生を語って聞かせてくれた。
捕まることを恐れつつも、国に子供を置き去りにしてまで、
これ以上自分の国では生きていけないと、ドイツに逃げ込んできた夫婦の話を。

自分の国を捨てる。
日本国籍を持ち、日本で生まれ育った人で、そう決心した人が、一体何人いるだろうか。
少なくともわたしには、とても想像がつかないことである。
確かにわたしには、ドイツにもっと長くいたいという思いはあるけれど、
だからといってそれが、イコール生まれ故郷を捨てる、ということにはならないのだ。
日本に暮すことがなくても、たとえ結婚して国籍が変わったとしても、
わたしはどこまでいっても、一生日本人であるという意識は変わらないだろう。
でもそれは、わたしの出身国が日本だからこそなのだ。
世界には、命懸けで自分の国を捨てる人が、大勢いる。

東の国の人は性格がキツイだとか、ケチだとか言うけれど、それはそうなってしかるべきなのかもしれない。
強くなくては、お金に細かくなくては、生きていくことなんてできやしない。

その夫婦は、ドイツに亡命し、知り合いの家に匿われている間、
毎晩のように牢屋に閉じ込められたり殺される夢に魘されたという。
家では必ず盗聴されるために、大事な話は筆談したり、街のど真ん中でこっそりするしかない、
そんな時代を経て、もうここでは暮していけない、そうして悩みに悩んで決行した逃亡。
まるで映画の中のようなその話に、わたしは呆然としながら耳を傾けていた。
自由なんてものは、自分の手の中にあって当然だとばかり思っていたのに。



今朝いつも利用するコピー屋に立ち寄った際、店主がコーヒーと共に、自分のアルバムを手渡してくれた。
そこに写っていたのは、彼の生まれたときから今までの様子。
おそらくそれらは、アングルなんてあまり考えることもなしに、
普通に写しただけの単なるスナップにしか過ぎないのにも関わらず、
何とも言えない味のある写真の数々に、わたしは時折溜め息を漏らしながら見入ってしまった。
とにかく魅力的なのだ。そこに写る人々も、その背景も。

彼も先の夫婦と同じく、ドイツ近郊からやってきた外国人である。
彼がどんな経緯でここにやってきたかは知らない。
そのアルバムを見る限りでは、暗さも翳りも微塵も感じられないけれど、
人生の素敵な瞬間を切り取った、その写真と写真の間には、
とても笑顔ではいられない事実が存在したこともあったのかもしれない。



雨ばかりのこの街にしては珍しく、辺り一面は雪景色。
雪が溶けるように、彼らに圧し掛かった重いものも、いつか消えてなくなる時が来るのだろうか。

惚れ薬

今年4本目となるオペラ、ドニゼッティの「愛の妙薬」を見に出掛けた。
34歳の時に、なんとわずか2週間で書き上げられたという、二幕からなる作品である。

村一番の美人の娘に恋する若い農夫は、彼女の気を引こうと、有り金をはたいて惚れ薬を買う。
村を通りかかった守備隊長が、彼女を口説くので焦っているのだ。
実はいかさまの薬売りは、彼に飲んで24時間後に効き目が現れると言うが、
なんと守備隊長は今夜にも彼女と結婚するというではないか。それでは間に合わない。
農夫は、飲めばすぐに効く惚れ薬を薬売りに求めるが、何せ金がない。
軍隊に入隊すれば金が手に入ると、薬売りに入れ知恵を付けられた農夫は、その通り実行し、薬を飲む。
するとどうだろう、農夫の周りに若い女の子が群がってくるではないか。
実は、薬の効果ではなく、農夫に莫大な遺産が手に入ることになったという噂によるものだった。
そんなことは知らない娘は、薬売りに、何故農夫が守備隊に志願したのか尋ねる。
そして、薬売りは娘に、一部始終を話して聞かせるのだった。

聴きやすい音楽と、軽いタッチの演出。
ストーリーも面白そうだし、(私好みの)ハッピーエンドであるにもかかわらず、
何やら、最初から最後まで退屈で退屈で仕方なかったのは、わたしの体調が悪かったせいでも、
席が悪くてドイツ語字幕(フランス語で上演)が見えなかったせいでもないように思う。

農夫が入隊の支度金で惚れ薬を買ったことを知った娘は、
「そんなに私のことを想ってくれていたなんて」と感激する。
わたしはきっとここに、共感できないのだ。
「惚れ薬?そんなものに手を出すなんて・・・」と嫌悪感を感じたり、
怪訝に思いこそすれ、それで嬉しいと思う心情は、わたしには何とも理解しがたい。

こういった怪しげなものを頼みとしようとするのは、
何も今に始まったことでも、物語の中だけの話でもないようだ。
思えば、わたしが幼い頃から、「これを身に付けさえすれば、あなたも大金持ちに!」だとか、
「これまで縁のなかった人にも、すぐに素敵な恋人が!」などと謳った商品は巷に溢れていた。
宝石だとか、香水だとか、ただのお札だとか、どう考えても高すぎた値のついた、
どう考えても効き目のなさそうな物が、未だに姿を消さないのは、
それを藁にも縋る思いで求める人がいるからに他ならないのだろう。

そういった、切羽詰った購入者を批判しようなんて気は更々ない。
ひょっとしたら、本当に効き目があるかもしれないそれらを売っている、販売者を責めようとも思わない。
ただ、共感できないだけ。
たとえ、「飲めばたちどころに天才になれる薬」なんてものがあったとしても、
きっとわたしはそれを、せいぜい横目でちらりと見るぐらいで、さして興味も抱かないだろう。
自分の力で手に入れたものでなければ、面白くもないし、感動も充実感も達成感も生まれない。
結局、努力は辛いし嫌いだと思いつつも、それでも人が何とかして頑張ろうと思えるのは、
たとえ最終的なものが失敗と呼ばれるものであったとしても、その途中で得られるものがたくさんあることを、
実は皆、生まれながらにして知っているからなのではないか、という気がする。

とはいえ、努力だけでは手に入らないものがあるのも事実。
魔法をかけてまで手に入れたいものなんて、今の私にはあるだろうか。

デザートは別腹?

人は「美味しい」を表現する言葉のヴァリエーションを、一体どれだけ持っているのだろうか。
料理番組を見るたびに、それを思う。
現代の文明がどれだけ発達しようとも、未だにテレビでは香りも味も視聴者には伝わらないのだから、
それを美味しそうだと思わせることができるかどうかは、料理の見た目とそれを実際口にした人の感想にかかっている。
何がどう美味しいのか、それを的確な表現をもって伝えなければならないレポーターは大変だと思う。
がしかし、時には驚くほどの美味で、あれやこれやと語るよりは、とりあえず食べて御覧なさいよ、
と言いたくなるほど、この上なく良い味に巡り合うこともあるのではないかと思う。
そんな時はきっと、「美味しい」以外の言葉を使うことも憚られるほど。

前置きが長くなったが、これは、昨夜あるコンサートを聴きながら頭に浮かんだことなのである。
Bernard Haitink指揮、Saechsische Stattskapelle Dresden演奏の昨夜のプログラムは、
ハイドンとブルックナーのシンフォニーという、どちらかといえば、私の好みではないものではあったが、
一夜にしてそんな私に「ハイドンもブルックナーも結構良いかも」と言わせてしまうほどの、素晴らしい演奏だった。
舞台を見て楽しい、音を聴いて楽しい、響きを感じて楽しい。
あの仏頂面で表情の硬い、今年75歳になる指揮者の指先から、あんな音が出てくるなんて。
指揮棒と指先から発せられるものが、きちんと団員に届いていて、皆それにきちんと呼応する。
奇をてらったところなど全くなく、極めて感じのよい、胸が空くような素敵な演奏であった。
まさに「素晴らしい」としか言いようのない演奏、ここにあり、である。

比較的高い料金設定に加え、ブルックナーの6番なんて、皆そう聴きたがらないだろう、
そう思って余裕でチケットも持たず会場に向かった私は、本当に甘かったようだ。
何とかチケットを手に入れて向かった客席はほぼ満席、人々は一時間近いブルックナーの大作に退屈することもなく、
演奏終了直後の会場は割れんばかりの拍手と共に、大熱狂していたのだから。
団員がまだ舞台の上にいるうちから、会場を後にする人の率が高いこのホールでは珍しく、
最後の最後まで惜しみなく舞台に拍手を送る人が多かったことも印象的。
その拍手はアンコールを求めるもののように響いたが、ブルックナーの交響曲の後に何かあるはずもなく。

本当に美味しい食事を気持ちよく頂いた後には、デザートはもう必要ない。
昨夜は久々にそう感じた夜であった。

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