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抱きしめていますか

両親と久々に会った時、抱擁するか。これは、とある年配のドイツ人女性と談話中、尋ねられたことである。
Nein(いいえ)と答えると、彼女もやっぱりNein!!!と叫んで、それはそれは驚いていた。
「じゃあどうやって、お互いの愛を確かめ合うの?あなたはどうやって両親の愛を受けていると感じるの?」と。

体の触れ合いがないのなら、せめて言葉でコミュニケーションを図っているのだろう、と思った彼女は、
引き続きわたしの話を聞いて、さぞかし日本は冷たい国だと思ったに違いない。
こちらの人は愛してるだとか、お前はわたしの誇りだとか、世界で一番大切な宝物だとか、
大人になっても言い合うけれど、日本人は小さな子供へでもない限り、そうそう言わないと思う、
わたしがそう言うと、彼女は「わたしは絶対日本には住めないわ」と苦笑していた。


これは実話なのよ、と彼女が一つの物語を聞かせてくれた。
「多分18世紀だったと思うけれどね、その頃あるフランスの王様の所へ、猟師が赤ん坊を連れてきたの。
聞けば山の中で見つけて拾ったのだというから、それを聞いた王様は考えた。
赤ん坊に良い食事を与えていれば、誰かが話しかけたり抱きしめたりしなくても、
いずれ成長して、言葉を話すようになるだろう。その時、最初に話し始めるのは何語であろうか。
常々、フランス語は全ての言語の大元になっていると思っていた王様は、もし自分の考えが正しければ、
その言葉はフランス語に違いないと思ったわけ。うむ、今こそそれを試すよい機会かもしれぬ。
そしてその子はよい食事を与えられはしたけれど、誰からも話しかけられず、誰からも愛されなかった。
その赤ん坊は一体どうなったと思う?」

フランス語どころか、どんな言語も話せなかったでしょうね、と言うと、
そんなの当たり前よ、他に思い当たることは?と聞かれて返答に困っていると、彼女は言った。
死んじゃったのよ。愛が受けられない子は、死んじゃうのよ、と。


とりあえず四半世紀を過ぎてもなお生きているわたしは、おそらくきっと、親の愛を受けて育ったのだろう。
抱きしめられて、褒められて、愛されて、そうやってこれまで生きてきたのだろう。
だが幼少の頃はともかく、大人になってから、それを体温で、確固とした言葉で、
我々日本人が親と子で、お互いを確かめ合うか、というと、大部分の人の答えはやはりNoだろうと思う。
正直言って、今の現状は、決して上手くいっていると断言できるような親子関係ではなく、
寧ろ問題は山積みで、なかなか解決できるものではない種類のものをお互い抱えてはいるのだが、
それでも、わたしたちはきっと態度に示さなくても、言葉で言い表さなくても、
愛し愛されていることに、決して疑いを持っているわけではないのだ。
しかしながら、冒頭の質問をした彼女にそう言っても、およそ分かってもらえないに違いない。
恐らくは日本特有の「言わなくても分かる」文化は、彼女らドイツ人には想像すらできないだろうから。


最後に彼女はこう言って締めくくった。
「あなたももうじき結婚して、子供を持つことになるでしょうね。
そうしたら、これだけはお願い、どうか子供をいっぱいいっぱい抱きしめてあげて。
その部分だけは、日本の文化で育てないであげてちょうだい」
あまりに真剣にお願いされるものだから、思わず笑ってしまったわたし。
さすがに日本人だって、子供には無償の愛を注ぎ込みますよ、抱きしめるし声もたくさんかけるし…
そこまで言うと、彼女はようやく安心した顔になって、初めてにっこり微笑んでくれた。

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