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Bruggeのレストラン

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チェックイン後、庭をゆっくり散歩したり部屋でのんびりした後、車でBrugge市内に向かった。
辺りはまだ明るいけれど、もう夕飯時。まずは何か食べなければと、適当にレストランに入る。

わたしの旅にはカメラは欠かさないし、結構な枚数撮るのだけれど、
ほとんど撮ったことがないのは、レストランで出される食事。
元々食べ物をおいしそうに撮るのは苦手だとか、
食いしん坊で食べ物を前にすると写真なんか撮ってられない、という事情もあるけれど、
どうしても、食事時にカメラを構えるのは好きになれない。
でも不思議と、場所が屋外のテラスだったりすると平気。なぜだろう?

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10年前/現在/10年後

ber02

わたしが前回ベルリンへ行ったのは、ドイツに来てまだ間もない頃だった。
もう10年近くも前のことになるだろうか。
当時のルームメイトに誘われるまま、なんとなく付いて行き、
なんとなくぐるりと観光地を廻っただけで、特別な感動もないまま、
またいつもの暗い日常に戻った、そんな記憶しか残っていない。
あの頃はまだ、旅自体に関心もなければ、何かを書き残す術も知らなかった。
そもそも、記しておきたいという思いすら、微塵も湧き出てなかった。
右も左も分からず、一人ただ、この国での生活と言葉に慣れることに必死で、
そんな余裕なんてなかったのだと思う。

そのせいだろうか、ベルリン、と聞くとつい、頭の上に暗雲が垂れ込めるような、
どんよりとした気持ちになってしまう。
季節が悪かった(コートが手放せない寒い時期だった)のもいけなかったのだろう、
思い通りにいかなくて辛かったドイツで最初の冬を、どうしても思い出すのだ。
自分の意志でやってきたのに、自ら望んで選んだ道なのに、
どうしてこんなに苦しいんだろう、と自分でも不思議でたまらなかった。

そして今回、二度目のベルリン。
願わくは、前回と同じ場所を歩いて、今度は何を想うのか(もしくはまた何も感じないか)、
是非試してみたかったのだけれど、それも諸事情で叶わなかった。
印象としては、相変わらず街のあちこちが工事中だということぐらいか。
中心部はますます栄え、郊外はいつまでたっても開発が追いつかない。
街が広すぎて手がまわらないのだろうが、街の外れはどこも荒んでいて、
時々ここがドイツだということを忘れそうになった。
おそらく10年経っても、その風景は変わらずそこにあるに違いない。


冒頭の写真は、前回も今回も訪れた唯一の場所である、ソニーセンターにて。
最終日、ここで食べたランチがかなり美味しくて、最後の最後に大満足。
そういえば、初日の夕食に適当に入ったインド料理屋も、
客はほとんどおらず、とても流行っているようには見えなかったのだけど、
随分と口に合う料理が出てきて驚いた(しかも相当に安かったのだ)。
街が大きい分、ドイツにしては食のレベルが高いのかもしれない。
おかげで、ベルリン=どんより、の図式とはさよならできそうだ。
めでたし、めでたし。
10年後にでも、またふらりと来られるとよいのだけれど。

涼しいメニュー、ください

0105.jpg

夏が来た!と喜んだのも束の間、正直連日の30度越えには閉口している。
22時を過ぎても明るいので、ちっとも夜だという気がしないことに加えて、
気温もなかなか下がらないとなると、寝苦しいことこの上ない。

正午。最高潮の暑さで全く食欲はないのだが、食べないわけにはいかない。
こんな時、日本だったら、お昼は素麺や冷やし中華で済ませるのに、
とつぶやいたところで、はて?と考えた。
この国には、食欲がないときに食べるような、涼しいメニューがあっただろうかと。

思えばドイツにはもう随分長くいるのに、ドイツ料理屋に入ったのは数える程度。
春にホワイトアスパラが特別メニューとして出回るように、
夏に特有のメニューが置いてあるかもしれない、と早速出かけることに。

結果は、ソーセージにシュニッツェル、煮込みにステーキと、
なんら代わり映えしないメニューしかなかったのだけれど、暑い暑いこんな年の夏も、
皆、こってりお肉をふぅふぅ言いながら、きれいに平らげてしまうのだろうか。

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それは例えばカフェのような

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そこにはいつも私の指定席があった。
そこは、決してきれいだとか素敵だとは言い難かったけれど、不思議と居心地がよかった。
好きなときにふらりと立ち寄れる、そんな気楽さで私を受け入れてくれる場所だった。
そこで私は一人勉強したり、本を読んだり、どれだけの時間を過ごしただろう。
その、私のお気に入りだった空間は、今はもうない。

徒歩5分圏内にお気に入りのカフェがないことを、時々残念に思う。
家で美味しいコーヒーの淹れ方を研究するのも好きだけれど、
時には見知らぬ人が行き交う雑踏を眺めつつ、ゆるゆるとした時間が流れる空間に身を置いて、
静かに人が淹れてくれたコーヒーを頂きたくなることもある。
たとえそれが、価格に見合うだけの美味しさを兼ね備えたものでなくても。

空間や雰囲気といったものにお金を払うことを、理解しない人はたまにいる。
例えば、目に見えないもの、直接触ることのできないもの、
そういったものを軽視する人に接するとき、言い様のない悲しい気持ちで一杯になってしまう。
言葉を尽くして、心を尽くして語りかけても、その人にはきっと永遠に分からない。

急用ができて、夕方から街へ出かけた。
ある狭い路地に差し掛かったとき、私は思わず立ち止まらずにはいられなくなった。
香ばしい美味しそうな香りが、嗅覚を擽る。
そうか、徒歩5分、なんて言わずに、ここまで足を延ばせばいいだけではないか。

贅沢なんていらない。
ただ、形のないものの力を感じる力を、失くしたくないだけ。
それは、ささやかなものではあるけれど、大きな気持ちの余裕を生むのだから。

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